太神楽と人力車

 ぼくが小さい頃、武生の町にも、毎年太神楽がやってきていたんだよ。そのころはまだいろんな楽しみが少ない頃だったから、太神楽は子どもにとって、とっても魅力的なことだったね。その太神楽が、とっても綺麗でね、舞を舞ったりするだろ、その最後に振り袖姿になるんだよ。そして振り袖姿のまま、人力車に乗って、行ってしまうんだ。僕たち子供はその人力車を追いかけて行くのが、すごく楽しみだったんだ。
 僕が小学校に上がった年だったかなあ、学校の帰り道で、振り袖を乗っけた人力車に出くわしてね。僕は、「あっ、太神楽だ!」って思ってね、走ってついていったんだよ。太神楽の顔を一目見たいと思ってね、そりゃあ,一生懸命走ったよ。家へ帰る道とは全然違った方向だったんだけど、全然気にしないでどんどん走った。すると、向こうから姉が歩いて来るじゃないか。姉のほうは弟が人力車の後を追いかけているのを見て、ひどく驚いたわけなんだけど、すぐにかんかんに怒り出してね、僕の方に何かすごい剣幕で言っているんだ。でも、僕のほうは、そんなこと全然気にしないで相変わらず人力車を追いかけてるわけ。
 後で分かったんだけど、あの人力車は太神楽のものじゃなくて、本当のお嫁さんだったんだ。姉が怒るわけだね。家へ帰って、こっぴどく叱られちゃったよ。

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